前回、前々回の千葉県大原への
写生旅行という話を書きました。
実はこの話は、
かつて私が通っていた、
『セツ・モードセミナー』という学校、いわゆる
『セツ・モード』で毎年6月におこなわれる、
大原写生旅行の話のことでした。
ご存知の方も多いかも知れませんが、
『セツ・モード』といえば校長の
『長沢節さん』…というより実際は
『セツ先生』かな、少なくとも
私にとっては『セツ先生』でした。
当時、既に70代だったにもかかわらず
とてもパワフル、元気一杯、
在学中の2年間と修了してから
しょうこりもなく1回大原にいきました。
(もっとも、最後の1回は陣中見舞いというか
ひやかしで、バイクに乗って顔を見せた
だけなのですが)
や〜今だに楽しかった思いでばかり
残っています。何より自由な校風だったので
行かなければならない学校と違い
いきたい人が行くという風潮で
もちろん大原も修了してからも
顔を出す連中が結構いたものです。
はっきりいって、絵を描くこと半分
みんなで楽しくお遊び気分半分で、
私は後者が勝っていたかな…そんな感じでした。
学校での話はまた別の機会にでも
お話しますが、なんといっても
『セツ先生』は私にとって唯一
先生と尊敬できる方でした。
絵を描くことを通じて、生きることの
深いところを教わった時間だった気がします。
それは、まさに晩年だったわけですが
先生と時間が共有出来たこと、
とても誇りに思います。
それと一度だけですが、
『セツ・アート展』の時に
もったいなくも、入選を許されまして、
銀座の画廊でお会いした時
『お前、よかったぞ!』と
気さくに声をかけていただいたこと、
今でも私にとっては宝のような
時間でした。
きっとぼけて何もわからなくなるまで
私は忘れないことでしょう。
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それは後年、突然に知らされました。
絵の世界を離れて時間がたってしまったので
仕方がないのかも知れませんが、
悔しい思いでした。
1999年6月23日永眠。 享年82才
同月13日、千葉県大原町へ生徒と写生旅行中に、
自転車転倒事故を起こす。と記されていました。
いろんな顔をお持ちだったのでしょうが、
結局、先生として、大好きな生徒たちと楽しい
写生旅行中に帰らぬ人となったわけで、
残念ですが、先生にとっては、最後のはなむけに
なったことだと思います。
結局、私はわたしの思いをお別れに伝えられませんでした。
でも私の中では今でもアトリエのセツ先生であったり
カフェ(校内)の先生だったり、
大原での先生だったりしていて
学校にいっても、大原に出向いても、
顔を見つけて挨拶にいったら、
『お前、暫く見なかったな、
いったい、何をしていたんだ』
と笑いながら声をかけてくれるんだ
そんな気がしてなりません。
私の中では、あの時代あの頃の
セツ先生がいつでも出迎えてくれるんです。
『先生、さよならなんて言わないよ。
今度また学校に行く時は
声をかけてくださいな…』
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アフィリエイトをはじめて
私はこれほど他の人に何かを紹介
したい…と思ったことはありません。
皆さんちょっとだけご存知の方も、
たまたま時代がちがってしまい
しらない方も、何の因果か
このブログでこの文章を
見ていただいた方、皆さんに
本当に読んでいただきたく思います。
『セツ先生』のことを
少しでも知ってみてくれたら嬉しい
一度手にとって『セツ先生』を
感じてみてください。
タイトル通り、まさに
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